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大学院生のメモ置き場。ふぇみ的な書き散らしなど。

生きる樹

 

週1でここを更新してみるチャレンジをなんとなく開催しています、こんにちは。

 

また今週もちょっとしたスピーチをする機会があったのですが、その始まりはこんな感じにしてみました。

 

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最近、ショックなニュースが二つありました。

一つは、大阪地裁。同性婚を認めないことは合憲。

一つは、アメリカ。中絶の権利は憲法上の権利ではない。

 

なんで?差別でしょ。

私の身体は私が決める、基本的人権でしょう?と思う。

 

この二つの判決には、共通点があります。「憲法にはそんなこと書いていない」です。

憲法に書いてない、憲法が書かれたときには認められていなかった。

婚姻は生殖の保護する制度だと考えられてきた。中絶はずっと犯罪だったんだ。伝統と秩序ある自由に基づいていないといけない。

 

これに対して、カナダの新聞はこう書いて、アメリカの判決を批判しました。

憲法は、living treeだ。」「生きる樹」だと。

憲法は制定された時点で凍結されるのではなく、生きる樹のようにぐんぐん伸びていくものだと。

憲法は、人権を守るために生きる樹を延ばすことができます。

 

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カナダには「生ける樹」理論というものがあり、それはそれで理論的に細かな点があるのですが、イメージとして樹というのはわかりやすいので、単純にネーミングが素敵だなと思います。

まぁカナダを持ち出すまでもなく、憲法のようにある程度抽象的な文言で書かれたものを解釈していくという営みは、必然的にそういった側面があるかと思いますが、中絶だとか同性婚だとかに関しては理屈が壊れてしまっています。

 

アメリカでは、いわゆる「中絶の権利」の根拠条文として修正14条のデュープロセス条項から書かれていない権利を引き出す「実体的デュープロセス理論」というのがあって、そこから中絶の権利を引き出しています。

同じやり方で、避妊の権利や同性間の性行為を犯罪としないこと(親密なものとの性行為の権利)、同性婚なんかを引き出しているので、しばしば報道で「中絶の権利の次は、同性婚が危うい?」とされているのは、同じ理屈から引き出されているものの根本的な理屈が攻撃されたのが今回の判決だから。

(ちなみにしばしばプライバシーの権利という言葉が見受けられるのは、避妊の権利を引き出すにあたって、警察といえども夫婦の神聖なベッドルームに立ち入ることはできないというプライバシーの考え方を用いて、避妊具の使用を犯罪とすることを違憲としたからプライバシーの権利の議論から中絶まで連綿と続いているのです。のちに、大学で避妊具を配布した事案についてもそれを犯罪とできないとしたので、避妊具を使う権利は、夫婦の権利ではなく個人の権利であることが確認されました。)

もちろん、アリトー判事の書いた法廷意見は、避妊や同性婚に今回の判決は影響を及ぼさないと言っています。

なぜなら同性婚や同性間の性行為、避妊は他人を害さないけれど、中絶はRoe判決のいうところの潜在的生命を害するから、ということ。

キャヴァノー判事もわざわざ同意意見を書いて、この点を書いて強調しています。

にもかかわらず、保守判事の中でも保守であるトマス判事は、実体的デュープロセス理論そのものが間違っているのであって、今回は中絶についての判断だが、将来的には避妊や同性婚についても再検討にさらされるだろうと書いています。

 

判決が下された日、日本時間では金曜の夜でしたが私はYoutubeでCNNかなんかを見ていたのですが、そこの司法担当記者が、法廷意見は論理的には一貫しておらず、むしろトマスの方がその点、一貫していると言っていました。つまり、やはり理論的に考えて同性婚等々に影響を及ぼさないはずがない、と。New York  Timesのポッドキャストでも同じようなことが指摘されていました。

The Ezra Klein Show:Apple Podcast内のThe Dobbs Decision Isn’t Just About Abortion. It’s About Power.

また、今回のDobbs判決では、先例拘束性の原理と呼ばれるものも争点の一つになりました。先例拘束性の原理とは、法の安定性・予測可能性のために先例はのちの裁判所を拘束する、という考え方です。

Roe判決は1973年に下され、50年以上もアメリカの法として機能してきました。それを覆すことに理由があるのか、ということです。Roe判決よりもマイナーですが、今回、少なくとも英語圏ではRoe判決と並んで言及されるCasey判決は、1993年にRoe判決が覆されそうになった際に、Roe判決の理論をかなり換骨脱胎して、「不当な負担」テストへと判例を変更しつつも、判決の中では「Roe判決の本質的判示は維持される」とした判決です。つまり、かなり内容をいじったけど「Roe判決は覆してないよ!だって先例拘束性の原理が大事だからね!」という感じ。

今回の判決は、Roeだけでなくその継承をしたCaseyもろともひっくり返す必要があったのです。

で、結果として覆し、先例拘束性の原理も絶対ではない、と。確かに先例拘束性の原理は絶対ではなく、判決の中で引用されているように、「分離すれども平等」と判示したPlessy判決を、かの有名なブラウン判決が覆して白黒別学は憲法違反だと言ったケースなどがあります。

ですが、これも金曜の夜にニュースをみていたら司法担当記者が言っていましたが、権利を狭める方向でこのように覆されるのは異例です、と。

 

そして、1973年のRoe判決が覆され、その後に出たのが同性間の性行為や同性婚の判決ですから、やっぱりその辺に影響が及ぶのかな....と心配せずにはいられません。

 

 

ちなみに、その他、判決前後でいろいろメディアを見ていて確かにそうだな~と思ったのは、今回の判決は驚くほど妊娠する人の権利に言及していない、というNew York Timesポッドキャストの指摘です。

私はこの構図そのものが女性差別的であると批判的ですが、法学において、まさにRoe判決において、中絶は女性と胎児の利益対立として論じられてきました。そのバランスのとり方こそが問題であったはずです。

しかし、今回の判決では、胎児についての詳細な描写(いつごろ小さな爪ができる...)にも関わらず、妊娠した人についてはほとんど言及されていません。バランスどころの話ではないのです。

胎児の詳細な可視化を進め、人間化すると同時に、妊娠した人は不可視化されるというのは、日本語では塚原久美さんの研究(『中絶技術とリプロダクティブ・ライツ』)で言及されていますが、それが如実に出てるな~と思います。

 

 

さらにちなむと、今週はアメリカ各州で様々なリアクションがありました。5月に判決がリークされたときにさんざん報道されたように、トリガー法と呼ばれるRoe判決が覆った瞬間に中絶を禁止したりかなり厳しい規制を課すことができる法律が保守的な各州で用意されており、それが実現したので、各州で続々と施行されたわけです。

しかし、州レベルの司法の方が反応をして、そうした法律を一時差し止めています。

Louisiana, other state judges block laws meant to trigger abortion bans shortly after the Supreme Court decision | PBS NewsHour

また比較的リベラルな州では、アクセスを改善する法律を通したり、州の憲法を改正して中絶の権利を書き込んだりしています。

New York Moves to Enshrine Abortion Rights in State Constitution - The New York Times

 

 

とにかく膨大なニュースがある中で、個人的に興味をひかれたのは、精管切除手術の希望者が増えたというニュースです。自分のパートナーを妊娠させたら大変だ...という考慮からなんでしょうね。

U.S. doctors see spike in vasectomies following end of Roe v. Wade: report - National | Globalnews.ca

 

 

好きなことを書き散らしました。

 

あんまり「生ける樹」の話をできなかったけれども、ショッキングな判決が出てから1週間のメモみたいな感じで書きました。

 

今週の日本的には以下のニュースも外せないっすね。

中絶の配偶者同意なくして 8万人の署名提出へ 研究者や助産師ら:朝日新聞デジタル

 

世界の中絶事情について簡単にまとめたのと、私の関心のあるカナダのリアクションなんかもちょっと入ってるBBCスペシャル番組は以下。

Global News Podcast:Apple Podcast内のAbortion rights around the world